ある旅の記憶が、私たちを再び引き寄せた

Wimemoユーザーの実話

去年の秋、一人で大理に行った。計画した旅行というより、逃げるようなものだった。上海の重い空気から。答えの出ない問いから。

別れて一年が経っていた。私たちは三年前の秋、京都で出会った。清水寺近くの三年坂で、彼が「あの路地の抹茶アイス、一緒に探しませんか」と声をかけてきた。後で知ったのだが、彼はあの路地を何度も通りかかっていた。「誰かと一緒に来られたらいいのに」といつも思っていたそうだ。その日、勇気を出した。

その京都旅行がすべての始まりだった。嵐山の竹林で迷い、嵯峨野トロッコ列車で保津川の紅葉を眺め、彼がこっそり撮った私の横顔——その写真がずっと彼のスマホの待受画面だった。

大理の宿には小さな中庭があった。夜は風の音だけが聞こえる静けさ。Wimemoを開いて、その日撮った洱海の写真を整理しようとした。別れてからダウンロードしたこのアプリ。新しい場所で記憶をしまいたかった。

地図の上に、3年前の京都が突然現れた。私がインポートしたことすら忘れていた。別れの後のぼんやりした一週間に、カメラロールを全部放り込んだのだろう。

どの写真も正確な場所にピン留めされていた。清水寺。三年坂。嵐山。保津川。彼が撮ったあの横顔写真——笑っていて、電車の窓から日差しが差し込んでいて、誰かに見られていることに全然気づいていない。

彼はあの旅行の計画に2ヶ月かけた。すべての寺院を調べ、すべての散歩ルートを検討し、紅葉のベストシーズンを計算した。Excelの表を送ってきて、私が笑ったのを覚えている。彼は言った。「大事なんだ。君と行くから」

一時間、地図を見つめた。

別れた理由は今思えば馬鹿げている。私は上海にいたい。彼は北京の方がキャリアにいいと思った。何ヶ月もケンカした。最後に「考えてきて」と言って、私は去った。彼が私のために変わる気がないと思った。

一年経った今、私は上海でそれなりにやっている。昇進して、新しい友達もできて、週末は安福路でコーヒーを飲んでいる。外からは全部うまくいっているように見える。でもあの京都の写真を見て気づいた——別れたのは、どうでもよくなったからじゃない。大事すぎて、素直になれなかっただけだ。

彼に電話した。

ワンコールで出た。"もしもし"——声は変わっていなかった。私は「京都の写真を見ているの」と言った。涙が止まらなかった。

5秒の沈黙。そして彼が言った。「抹茶アイスの写真、まだ待受画面のまま。一度も変えてない」

3時間話した。彼は去年の半ばに北京から杭州に引っ越していた。「上海は近すぎた。君に会ったら止まれなくなりそうで。距離を置きたかった」

3ヶ月後、私たちは上海の小さなアパートに一緒に住み始めた。今回は一緒にWimemoを使っている。一枚一枚、大切に保存している。どこに住むかじゃない。誰と世界を見るかが大事なんだと、やっとわかった。

人生は短い。プライドのために、本当に大切な記憶を失くしてはいけない。

今、Wimemoの地図の上で、京都と大理の間に細い線が引かれている。私たちの座標。ある物語の終わり。そして、別の物語の始まり。

— Wimemoユーザーの実話